至上終末旅行〜your life is your own~

アニソン考察と対訳。聖地巡礼。響け!ユーフォニアム。吹奏楽。

劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン 愛する人へ送る、最後の手紙 感想2 【このあと滅茶苦茶セックスした】

 

 

 【舞台挨拶覚え書き】2020/10/31 09:30 MOVIX京都ヴァイオレット・エヴァーガーデン 愛する人へ送る、最後の手紙 - 至上終末旅行〜your life is your own

 

◦冒頭のお屋敷が10話のものと気付かなかった私は中々のファンだと思います。二回目で気づきました。

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諸星さんがデイジー役という事に気づいたのも2回目です。せいゆーってしゅごい。

 

◦あの時間軸では現代化も大分進んだように見受けられますね。

アンおばあちゃんが亡くなったぐらいですから、ヴァイオレット達も、既に亡くなったとみるべきなんでしょうけど

あえて描いているという事は、現代の我々へのメッセージとして受け取るべきでしょうか。

戦後、資本主義を受けて、成果主義だの能力主義だの取り入れて人間関係の崩壊が進んだ現代日本への……

ふふっ。というのは流石にうがった考察ですけど、今の時代だからこそより響く映画なのではないでしょうか…ということでヴァイオレットちゃんみんなでリピート鑑賞しましょう鬼滅じゃなくて

 

 

 

◦映画では、登場人物の雰囲気も多少変わりましたね。

公開恋文の回で、Vちゃん「正確には分かりませんが14歳くらい」と言ってましたが、

デイジーちゃんが語りで「(ヴァイオレットが)18歳でch郵便社を止めるまで」って言っていたので一期から約四年程は経過しているとみていいのかもしれません。

Vちゃんってなんだよおい。

 

 

◦ベネディクトのファッションセンスだけは理解に苦しみます。

いい加減 焼きそばキャラになってて笑いました。

 

 

ヴァイオレット・エヴァーガーデンって地味に長いタイトルでみんな何て略してんだろとか思って、舞台挨拶付近の日にtwitterとか見てると「ヴァイオレットちゃん」って命名してる奴ら結構いましたね。私もその一派なんですが。

関係ないですけど、舞台挨拶で浪川さんがヴァイオレットの事を「ヴァイオレットちゃん」って呼んでるのにはきゅんと来ました。

 

 

 ◦ここにきてアイリスが可愛く見えてきた。ふふっ。天真爛漫なアイリス可愛いよ。

最推しはルクリアちゃんなんだけども。

 

ヴァイオレット・エヴァーガーデンの聖地って無きに等しいかと思うのですが、時代は20世紀初頭イギリス辺りと思っておいていいんでしょうか。

たまたまオランダのライデンと地名は被ってますけど、まぁたまたまなんでしょうね。

 

ところで、最近ch郵便社のモデルが京都博物館だと聞いて昂っているんですが、

劇中でデイジーたちがいる時間軸でch郵便社が博物館になってたのも京アニのファンサなんじゃあないでしょうか。

いや関係ないですか。

 

 

◦亡くなってからヴァイオレットちゃんずっと墓参りに来てたんでしょうね。

ギル少、もう結婚しようってなるよね。それは。

少佐を想い続けてきたヴァイオレットちゃんを想うとなんか腸のあたりが締め付けられます。

 どういう感情なんですかこれ。

 

◦能面がデフォだからこそ、僅かな機微が際立つというか……歴代にもそういったヒロインはいませんでしたね。

クライマックスのシーンに至っては心臓握られてる気持ちになりました。

 

◦ところで誰かベッドの下に潜むヴァイオレットちゃんの画像下さい。

激しくデスクトップに採用したいです。

  

◦ユリス君をこの最終章に描いたのは、ギル少×大佐、V×ギル少の対比を描くためなのでしょうね。

具体的に言えば、自分の本当の気持ちに一歩踏み出すための。

脚本にスキがないんですねぇほんと。

「目に見えるものが全てではない。でも本当の気持ちは伝えなけばわからない場合も多いです」

「伝えたいことは出来る間に伝えておく方が良いと思います」

素直さ本当の気持ちを言葉で伝える事はセットなのでしょう。

どう相手に思われても自分の正直な気持ちは伝えるという誠実さがそこにはあります。

現実世界でも、いつが最期になるか分からないというのがあるじゃないですか…京アニ事件の事を持ち出すのはいささかこじつけが過ぎるかと思いますが、

自分に素直であることが人間関係にとっての最良の方法である」というメッセージを私は受け取りましたけどね。

結果がどうであろうと。

自分に嘘を付き続けて生きてきた私には粗塩のようにしみ込んでくる映画なんですねぇ……

 

しかし、この映画を観て自分の正直な気持ちに一歩踏み出せた人もきっといて、素晴らしいなと思います。

もうそれ自体が人間としての素直さ、素直に生きるという事ではないかと思うのです。

 

 

 

 

 ◦前回はヴァイオレット視点から映画を観ていたので、ギル少に対して社長と同じく「大馬鹿野郎」だったんですが、

ギル少の視点に立ってみるとまた辛いものがありますね。

 

ヴァイオレットがギル少に対して抱く感情は慕う心だったでしょうけど、ギル少は同じだけ罪悪感を抱いて生きてきた。

彼は優しすぎました。

贖罪の気持ちと共に戦後は生きてきたわけで、一様にに引きこもりを責めるのは酷だなと。

 

……ところでギル少ってなんだよ。ギルベルト少佐っていえよww略すなよw

 

そしてそれを察して身を引くヴァイオレットちゃんが涙ぐましい。

この掛け合いだけでも、この世の中に愛は存在するのではないかと思わせてくれるほどです。

太宰治がこの映画観てたら、たぶんそんなこと言うでしょ。ははは。

 

 

◦青のジャケット脱ぐとあんなドレスみたいな衣装になってたんですね。

そんな衣装を舞台挨拶では現実に観られて、ファン冥利というかオタクで生きててよかったです。

 

 

◦不謹慎ながら灯台で過去を回想してレイプ目になってるヴァイオレットちゃんを抱きしめたくなりました。

 

◦意識が現実に戻ってこられたのはこの数年自動手記人形として働いてきた成果でしょう。

愛と仕事という人間と切り離せないものをこうも京アニの持てる力でフルにぶち込まれると、我々にとってもどうしようもないというか。負けるしかないというか。

石立監督の「もうこの先何を作っていいのか分からない」という言葉は半分冗談だったかもしれませんが半分本気なんじゃないかと思います。

  

 

 

◦「私はそれだけで十分です」というヴァイオレットちゃんの言葉、半分本音だと思うのですが、もう半分では建前じゃないですか。

その表現を、映像では京都アニメーションが半分は石川さんがという感じですけど、両方とも限りなくヴァイオレットというキャラクターにシンクロしてて、

一期からここまで話が進むごとにシンクロしててさ、いやマジで一体何をみせられてんだって気持ちになりますよね。

「限りなくキャラクターが生きている」

 

 

◦「ブーゲンビリアの家は俺が継ぐ。お前はもう自由になれ。行けよ。」

大佐が最期全部持って行きました

 

「俺だって忘れることは出来ない。結局のところあいつは俺の弟だからな。また逢えたら謝りたいそれから話したいことも」

大佐も罪悪感を抱いて生きてきたのだなと思います。

それは弟に対する贖罪の気持ちであり本当は弟を親愛する気持ちでしょう。

 

しかしこの映画に関しては、最後、誰もが自分に素直になれた。

そしてその気持ちを本当の言葉を伝えられた。

いや、それは一期の頃から共通しますね…

だからこんなに観た後清々しいのでしょう。

 

さっきのヴァイオレットちゃんじゃないですけど、「もう一度会えて元気にしているところが観られただけで満足」ってー

どこかで自分の中で線を引かないと人間生きていけないと思うのですが、

でもその先にある本音が感情が報われたからこその感動を我々は味わってるんでしょうね。この見終わった後の幸せも含め。

 

◦初めて少佐へ自分の思いを込めた手紙を書いた日から、毎日のようにヴァイオレットちゃんは少佐へ手紙を書いていたんでしょうけど、

サブタイの愛する人へ送る最後の手紙→これからはもう直接伝えるでわい?って解釈でおけ?

マジメに推察すれば、愛してるも少しは分かるようになった→愛してるをこれから伝えていくってことでオケ?…いや大して変わらんだろ。

最後の手紙に書いてあった内容ははまさに「みちしるべ」だったわけなんですが。

少佐も罪悪感や贖罪の気持ちよりもヴァイオレットへの愛を押さえきれなくなったんでしょうね。しんぼうたまらんになったんでしょうね。おいそれ意味違うだろ。

Movie editionのみちしるべ素晴らしかったです。

 

◦このシーンの為に今までがあったと考えさせられる、ラストシーンなのですが

暁先生が逆算して作られていたんでしょうね。

なのに、このあと滅茶苦茶セックスした

って心の中で呟きそうになった私をお許しください先生。

 

◦家族計画を夢見る社長には笑わされましたが、振り返ると、一期でもその節は存分に発揮してましたよね社長。

航空祭の時に「ぼくの娘へ」とかラリった手紙書いてましたし。

それにしても映画の最後にかけて花火の打ち上がるシーン

自分の脇にいたヴァイオレットちゃん(社長は自分の娘だと思っている)が嫁に行ってしまった親父の寂しげな顔してたのにはきゅんとしてしまいましたが。

セリフのないシーンにも拘らず何を話してるのか分かるってのは凄くないですか。そういう演出は珍しくないんだろうけど、完璧に伝わってきますもんね。

ch郵便社の面々を観て幸せになって欲しいなんて思いましたが(Vちゃんとギル少はゴールインしたので)これはもう完全に、生きている人間としてみているのかなと私は彼たちを。少し大げさな表現になりますが。

キャラが立つって言葉がありますけど、それと同じくらい難しい技術ってそこに本当に生きているキャラクターとして感じさせられるかどうかだと思います。

 

◦一期の最終話で、海の見える草原を歩いているヴァイオレットちゃんですが、あれはエカルテ島と考えるのはおかしいですか。訪ねた家は二人の新居とか。いや、考えすぎでしょうか。

 

 

 

あとがき

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 二回目観に行ったので、性懲りもなく感想書きました。

舞台挨拶の覚書も書きましたのでよろしければよろしければそちらも。

【舞台挨拶覚え書き】2020/10/31 09:30 MOVIX京都ヴァイオレット・エヴァーガーデン 愛する人へ送る、最後の手紙 - 至上終末旅行〜your life is your own